本論文(Zuk ら, Nutrition Journal, 2024)は、コリンを神経伝達、脂質代謝、メチル基代謝、胎児神経発達に不可欠な必須栄養素と位置づけたうえで、2016〜2024年に発表された欧州および非欧州の観察研究・臨床研究を整理し、食事由来コリン摂取量の現状と将来動向を包括的に検討したナラティブレビューである。解析の結果、欧州成人の平均コリン摂取量は約310 mg/日、非欧州でも約293 mg/日にとどまり、欧州食品安全機関(EFSA)が設定する十分量(AI:400 mg/日)を満たしていない集団が大多数であることが示された。特に妊婦では摂取不足が顕著で、AI(450 mg/日)を達成している割合は20〜30%以下にとどまり、ベジタリアンやヴィーガン妊婦ではさらに低値であることが報告されている。コリンの主な供給源は一貫して卵、肉、乳製品、魚といった動物性食品であり、欧州では脂溶性コリン、特にホスファチジルコリンが総摂取量の約半分を占めていた。一方で、今後の食生活の変化として、卵摂取量はやや増加する一方、赤身肉は緩やかに減少し、植物性食品や代替食品の利用が拡大すると予測されているが、これら代替食品のコリン含量に関するデータは乏しく、全体として将来のコリン摂取量は現状維持か、増加してもわずかにとどまる可能性が高いと結論づけられている。著者らは、慢性的なコリン摂取不足が欧州全体で続いている現状を踏まえ、食品成分データベースの整備、EAR(推定平均必要量)やRDA(推奨量)の設定、妊婦や若年女性を中心とした栄養教育の強化が公衆栄養学的に重要であると提言している。
やっぱり、コリンの摂取量は足りていないのか! ということを改めて認識します。
年末、少し時間のある時にこのような論文を目にすると、どのようにしたらコリン摂取量を増やせるのか、正月の思案の時間を過ごすことになりそうです。
我々の研究でも単純比較はできませんがアメリカのAIに比べて日本の大学生で50〜60%の摂取量でした。そもそも、ヒトの体を構成する細胞、その細胞膜の構成成分で重要な化合物がホスファチジルコリンなどのリン脂質です。このホスファチジルコリンは当然、名前が示す通り、コリン化合物です。このコリン化合物は、de novo の合成で肝臓にて作ることは下記の記述の通り既に知られていました(Biochim Biophys Acta. 1960 Jan 1:37:173-5.)。
ラット肝ホモジネートを用いphosphatidylethanolamine → phosphatidylcholine への連続的なメチル化反応を発見。反応には S-adenosylmethionine(SAM) がメチル供与体として関与。これが現在知られる PEMT経路(phosphatidylethanolamine N-methyltransferase pathway)の起点となりました。以降、この経路が哺乳類における唯一の「de novo コリン供給経路」であることが確立されました。ラット肝ホモジネートを用いphosphatidylethanolamine → phosphatidylcholine への連続的なメチル化反応を発見。反応には S-adenosylmethionine(SAM) がメチル供与体として関与。これが現在知られる PEMT経路(phosphatidylethanolamine N-methyltransferase pathway)の起点となりました。以降、この経路が哺乳類における唯一の「de novo コリン供給経路」であることが確立されました。
しかし、これに対して、このコリンの内因性合成(de novo コリン供給経路)だけでは十分ではなく、健康を維持するには食事性のコリン源が必要であることが指摘されています(Food Nutr Res. 2023 Dec 21:67.)。
ヒト、つまり生物が、絶対に必要なモノを常に食事に頼らないといけないという、こんなに危ういことを何故しているのでしょうか? 今でこそ、良いですが、人類は基本、飢餓との戦いでした。コリン化合物を十分に食事から摂取できない場合は、建築資材の供給不足になりますから、ヒトの細胞を作る上で何か起きるのでしょうか?
コリン化合物の摂取を完全に遮断すると効果覿面で、肝機能が一発で悪くなります。また、摂取を再開すると肝機能は元に戻ります。日本を含めて現在の先進諸国の食生活では肝機能が悪くなるほどのコリン摂取不足は起きていません。しかし、足りていないという論文が散見されます。微妙に摂取量が足りない期間が十年単位の長期間で起きていた場合にヒトの体にはどんな異変が起きるのでしょうか? 結構、怖い話になったりするのか?と、私は考えています。
もっと積極的にコリン化合物を豊富に含む食品を摂取した方がよさそうです! しかし、それをどのように社会実装させていくか、栄養学者として思案する日々が続きそうです。
ビーガンのお母さんは、畜肉類や乳製品を摂取しないため必然的にビーガン食でないお母さんに比べて コリン化合物の摂取量が少なくなります。この研究は、母体の菜食主義が必ずしも母乳中のコリン濃度低下を引き起こさないことを示し、 母乳中のコリン形態の多様性の意義に焦点を当てています。 この論文では、だから周産期の女性に対する Adequate Intake を見直した方がいいと言っています。 しかし、ここで少し考えてみましょう。コリンを摂取していても摂取していなくても母乳中のコリン濃度に影響を与えないということは 新生児にとってコリンがいかに重要であるかを、そして、その必須性が示されていると考えます。そうなると、ビーガンのお母さんは 自身の体のどこかから削り出さないと母乳にコリンを供給することが出来ないはずです。このようにビタミン様物質であるコリンを 削り出すような状況にある母体にどのような影響が出てくるのか、出ないのか、今後の研究が待たれます。
コリンの重要性と研究背景
コリンは細胞膜の構造維持、神経信号伝達、脂質輸送、一炭素代謝など多くの生物学的プロセスに関与する必須栄養素です。水溶性(遊離コリン、ホスホコリン、グリセロホスホコリン)と脂溶性(ホスファチジルコリン、スフィンゴミエリン)の形態があり、人乳中では主に水溶性コリンが約70〜80%を占めます。乳児の脳発達において重要とされ、米国小児科学会も新生児期の脳成長における役割を認識しています。
人乳中のコリン濃度は女性間で大きく異なり、母体の栄養状態や遺伝子型、肝臓における内因性コリン合成(PEMT経路)、ホルモンなどの影響を受けます。母体の食事が人乳中のコリン濃度に与える影響については矛盾する情報が存在しますが、菜食主義者は動物性食品摂取量が少ないため、不足のリスクが高いと考えられています。
研究目的と方法
本研究の目的は以下の3点です:
1. 菜食主義者(ビーガン、ベジタリアン)と非菜食主義者の母乳中の水溶性コリン濃度の比較。
2. 母乳摂取量0.78L/日を仮定した場合、0〜6か月乳児のコリン適正摂取量(AI: 125mg/日)を満たすサンプルの割合の評価。
3. 母体の要因(BMI、授乳期間など)が母乳中コリン濃度に及ぼす影響の検討。
米国内の健康な授乳女性(ビーガン26名、ベジタリアン22名、非菜食主義者26名)を対象に、授乳時の母乳を収集し、水溶性コリン濃度を質量分析計を用いて測定しました。食事習慣や母体BMI、授乳期間なども調査しました。
結果
母乳中の水溶性コリン濃度
● 母乳中の総水溶性コリン濃度は平均132mg/Lで、4.0〜301mg/Lの範囲で大きな変動が見られました。
● 総水溶性コリン濃度において、ビーガン、ベジタリアン、非菜食主義者間で有意差はありませんでした。
● 一方で、ビーガンの母乳はグリセロホスホコリン(GPC)の濃度が高く、ホスホコリン(PCho)の濃度が低いという形態の違いが観察されました。
AIを満たすサンプルの割合
● 参加者全体の59%(44/74)のサンプルが、乳児AIを満たしていませんでした。
● 授乳期間が6か月以下のサンプルに限定すると、63%(24/38)がAIを満たさない結果となりました。
● 母体の食事パターンによる有意差は認められませんでした。
母体要因との関連
● 授乳期間は、遊離コリン、GPC、総水溶性コリン濃度と正の関連がありました。
● BMIはGPC濃度やコリン形態の分布に影響を与えましたが、母体年齢や出産回数との関連は見られませんでした。
考察
本研究では、ビーガンやベジタリアンの食事が母乳中の総水溶性コリン濃度に影響を与えないことが示されました。一方で、ビーガンの母乳で観察されたGPCの高濃度は新たな発見であり、生物学的意義についてさらなる研究が必要です。
母乳中のコリン濃度は、食事だけでなく遺伝的要因や代謝経路(PEMT経路)にも依存しています。授乳中の女性は非授乳女性に比べて血清コリン濃度が高く、これが母乳中のコリン供給を支える可能性が示唆されています。
現在の乳児AI(125mg/日)は、多くの女性の母乳コリン濃度に基づくと過大である可能性があります。乳児AIを下げることで、AIを満たさない割合を減らせる可能性が指摘されています。
制限事項と今後の研究
● 参加者が限られた集団であり、結果の一般化には注意が必要です。
● 母体の血清コリン濃度や食事摂取量を直接測定していない点が研究の限界です。
今後は、母乳中のコリン形態の生物学的意義、母体の遺伝的要因が母乳コリンに及ぼす影響、さらには乳児の発達への影響を検討する研究が求められます。また、現在の乳児AIの妥当性を再評価することが必要です。
FDA(アメリカ食品医薬品局)では、授乳婦はコリン化合物をしっかり摂取するようにAIを示しています。一般成人女性では、425mg/日ですが、授乳婦は、550mg/日になっています。なぜならば、母乳の中には水溶性のコリン化合物がたくさん含まれていることが知られている(Am J Clin Nutr. 1996, 64(4), 572-6.)ため、摂取強化を主張しています。
しかし、妊娠中にコリン代謝がどのようになっているのかはほとんど知ら得ていない。今回の研究では、メチル-d9-コリンという安定同位体を用いて実験を行いました。
健康な妊婦(妊娠27〜29週、n=26)と非妊娠(n=21)の女性に12週間、コリンを480mg/日(安定同位体100mg/日を含む)もしくは960mg/日(安定同位体200mg/日を含む)を無作為に割り付けて摂取してもらった。試験期間中、全参加者に600mgの葉酸、2.6mgのビタミンB12と1.9mgのビタミンB-6、更にドコサヘキサエン酸(DHA)を200mg、毎日同様に摂取してもらった。摂取期間中の食事は、妊婦、非妊婦ともに同じ食事を用意して食べてもらった。
摂取期間終了後、空腹時母胎血液を採取し、血清及び血漿を調整して、液体クロマトグラフィ・タンデム質量分析(LC-MS/MS)にてメチル-d9-コリンを持つコリン化合物の分析を行ないました。
結果、血液中のd3-PC(同位体ではないホスファチジルコリン)の濃度は段階的に増加するのに対して、d9-PC(安定同位体の組み込まれたホスファチジルコリン)の濃度は高くなりませんでした。これは、CDP-コリン経路およびメチル化経路(PEMT)を考えてみると、胎児の脳の発達に寄与するため、メチル化経路(PEMT)は、DHAなど長鎖不飽和脂肪酸結合型ホスファチジルコリンを産生し、VLDLに取り込まれて、体内循環系に運び出され、胎盤および胎児を含む末梢組織にて利用されました。
一方、d9-ベタイン:d9-PCの比率に応じて、妊娠中は、CDP-コリン経路とベタイン合成経路の間でコリンの分配が行われている可能性が示唆されました。具体的には、妊娠中は、コリンを経口摂取した場合、ベタインを合成するためにCDP-コリン経路に回されました。しかし、妊娠中にAIより多いコリンを摂取すると、メチル化経路(PEMT)を介したPC合成のメチル供与体としてのコリンの利用を促進されることが示唆されました。さらに、妊娠していない場合でも、AIより多くのコリンを摂取した場合は、メチル化経路(PEMT)の活性を刺激し、血漿PCプールを増加させました。
結語として、妊婦中にAIより多量のコリンを摂取すると、1)血漿ベタイン濃度を非妊娠女性に近いレベルに上昇させました。2) 母親および胎児由来の組織におけるメチル供与体としてコリンの使用を増加させました、3)胎盤を介したPC産生およびコリン媒介ワンカーボン代謝の両方を支援するために必要であることが示唆されました。よって、妊娠中は、現在の推奨しているAIを超えるコリンの摂取量が必要だと思われました。
用語解説
安定同位体:同一の原子番号を持ち(陽子数は等しい),中性子数が異なる原子です。自然界には存在しないので、検出されれば、それは摂取したものだと分かります。今回は、3つのメチル基に結合する9つの水素が重水素に置き換わったため、同一化合物でも分子量が9増えることになります。この分子量の差を検出することで、摂取したメチル基がどこに組み込まれたか調べることが出来るようになります。
コリンは、生体において細胞膜を構成するリン脂質の素材であり、神経伝達物質であるアセチルコリンの前駆体など重要な枠割を果たしている4級アンモニウムイオンのトリメチルアミノメタノールである。更に、ヒトの場合、コリンは肝臓にてde novo の合成系で僅かに生成できるだけで、大部分の供給源は食事由来になっている。近年では、胎児期から乳幼児の脳を構築して行く上で重要な物質であると指摘されており、特に米国では妊婦、授乳婦に対してコリンの摂取量強化が叫ばれている。
このため、米国コリンの目安値(AI)に関しては、ヒト試験の結果から成人男性550 mg/ 日、成人女性425 mg/ 日と設定された。特に強化が必要な、妊婦は480mg/日と授乳婦は550mg/日と設定した。何故、妊婦と授乳婦にコリン化合物摂取の強化が指摘されているかというと、胎児期、乳幼児期の脳の形成に際してコリン化合物が重要であるからである(Nutr Rev. 2006, 64(4),197-203.)。一方、コリンの過剰摂取がもたらす悪影響としては、コリン作動性の副作用(例えば、発汗、下痢)および魚臭様体臭の発生と共に低血圧が挙げられる。そのため成人に対する耐容上限量(UL)を3.5 g/ 日と定めている。更に、米国農務省はコリン摂取がしやすいように主要食品に含まれているコリン量に関して情報(USDA Database for theCholine Content of Common Foods)を提供している。ちなみに、欧州においても食品に関連するリスク評価、安全性について科学的助言を行っている欧州食品安全機関においてコリンの有用性の認可を求めて25 件もの申請が出され、2016年にAIが設定された。成人におけるAIを400mg/日とし、妊婦は480mg/日と授乳婦は520mg/日と設定された。米国では、国民のコリンの平均摂取量を検証した結果、設定したAIに比べて不足していることが明らかとなり(Nutria Today, 2018, 53(6), 240-253. 表)、米国国立衛生研究所では2018年より4年間で260万ドルの助成金を元に摂取状況の再検証を開始した。